マインドフルネスの実践と理論(熊野宏昭)〔第1回(全4回)〕

「12月29日開催! コロナ禍でも心を安寧にする――実践!マインドフルネス・オンラインセミナー」の開催を前に、講師の熊野宏昭氏のサンガジャパン掲載記事をWeb公開します。マインドフルネスやACTアクトに代表される第三世代の認知行動療法の第一人者の熊野宏昭氏は、研究者として、また心療内科医として活躍されています。現在人口に膾炙するマインドフルネスのけん引役として、NHKスペシャルをはじめとしてメディアにも多数出演されています。マインドフルネスのポイントが凝縮し整理された本記事は、マインドフルネスの実践をわかりやすく解脱した著書『実践!マインドフルネス』(サンガ、2016年)の刊行を記念して、2016年9月6日に開催された講演会の採録です。

構成=中田亜希

1 マインドフルネスを3つの側面から語る

 熊野です。今日はマインドフルネスについて3つの側面から皆さんにお話をしたいと思います。

 1つは世界的に実践されている「マインドフルネス瞑想」が何を指し、どういう仕組みになっているのかというごく一般的なお話についてです。

 2つ目は、心理療法の世界でマインドフルネスがどんな形で応用されているのかについてです。私が専門としている認知行動療法の領域では、マインドフルネスを活用したAcceptance and Commitment Therapy:ACTアクトが近年、鬱や不安に対する心理療法として世界的に使用されています。ACTはマインドフルネスをどのように活用し、どのように患者さんに役立っているのかをお話したいと思います。

 3つ目はおよそ2600年前にマインドフルネスがブッダによってどのように説かれたのかについてです。

 お経にはマインドフルネスに関係したものが2つあります。そのうち短いほうのお経がアーナーパーナサティ・スッタ(出入息念経)で、長い方のお経がサティパッターナ・スッタ(念処経)といわれるものです。

 アーナーパーナサティ・スッタは短く、内容もシンプルなので何人もの先生方が解説をされていますが、中でもわたしが好きなのはラリー・ローゼンバーグさんの書かれた『呼吸による癒し―実践ヴィパッサナー瞑想』(春秋社)です。元々のタイトルは『Breath by Breath』で、高野山大学の井上ウィマラ先生が日本語に翻訳されました。すばらしい本ですので、この本で紹介されていることを踏まえてアーナーパーナサティ・スッタの中でマインドフルネスがどのように説明されているのかをお話したいと思います。

 それから、もう1つ。先日出演した「NHKスペシャル」と「サイエンスZERO」で、私はマインドフルネスが脳に効果があるということを説明しました。マインドフルネス瞑想を続けていくと、脳の構造の変化──脳の働きだけではなくて脳のある部分が厚くなってくるような、脳自体が物理的に変化するというデータがあるんですね。番組の中でご紹介したそういったデータについても最後にちょこっとご紹介したいと思います。

2 マインドフルネスとは目覚めた状態のこと

 まず、マインドフルネスというのはどういう状態かということについてです。「マインドフルネスって注意の集中の練習のことでしょ」とよく言われますが、それは間違いです。注意の集中ができないとマインドフルネスはうまくいきませんが、注意の集中だけではマインドフルネスにはなりません。プラスアルファが必要です。それは最初に強調しておきたいと思います。

 それからもう1つよくあるのが、「マイドフルネスってリラクゼーション状態のことでしょ」という間違いです。現在、世界中で「マインドフルネスストレス低減法」(Mindfulness-based stress reduction:MBSR)という八週間のグループ療法が実践されています。マインドフルネスはストレスを低減する、だからマインドフルネスはストレスのない状態、あるいはストレスに対する抵抗力が高まった状態 (リラクセーションの状態)のことだろうと理解される方がいるのですが、それは間違いです。

 マインドフルネスというのは、「気づいている」ということです。ですからストレスが溜まっている状態に気づいていてもリラックスしている状態に気づいていても、どちらもマインドフルネスなんですね。つまり、マインドフルネスはストレス――リラクセーションとは別の軸だということです。

 マインドフルネス(Mindfulness)は、もともとマインドフル(Mindful)という一単語から派生した、マインドフル・ネス(Mindful-ness)という言葉です。ところが日本ではマインド・フル・ネスと発音する方がけっこういます。そう発音すると、「マインド」と「フル」と「ネス」に別れる感じになりますね。しかしマインドフルネスは「マインド」が「フル」なわけではありません。むしろ「マインド」が「フル」になると、これから説明する「心ここにあらず」の状態になり、問題が生じてしまいます。

 我々はときどき「ハッとわれに返る」ということがあります。この「ハッと我に返った状態」──「目が覚めた状態」とも言いますが──がマインドフルネスです。

 ハッと我に返る前の我々は、「心ここにあらず」の状態になっています。「心ここにあらず」の状態というのは考え事をしている状態です。

 たとえばあなたが友達に相談をするとしましょう。「大事な相談があるんだ。話を聞いてほしい」「わかった」「こういうことで悩んでいる。こうしようかと思っていて、でもこれもいいかなと思っているんだけど」みたいな話をしていたら相手が上の空になっている。ぼーっとしていたり、時計を眺めてみたり、果てはスマートフォンを取り出してみたり。そうすると「おい! 聞いてって言ったじゃん」とちょっと怒りたくなりますよね。「おい!」と言ったときに、相手の人はハッと気づくわけです。で、今ここに戻ってきます。そして「あ、悪い悪い。いや、ちゃんと聞いてるから」と言います。聞いていなかったんですけど(笑)。でもまたしばらく経つと、どこかに行っちゃって、「やっぱり聞いてない!」ということになるんですね。

 上の空になっている相手の人は何をしているのかというと、考え事をしているわけです。考え事をして、それに引っ張られてどこかへ行っているんですね。もう自分の目の前からいなくなってしまっています。

 それに対して、「おい!」と言われてハッと我に返ってここに戻ってくる、そのハッと気づいた状態のことを「目覚めの状態」=マインドフルネスといいます。ハッと気づくと、脳のセイリエンス・ネットワークという自分にとって重要な情報に気づくことに関連した部分が働きます。セイリエンス・ネットワークが働いて瞬間瞬間の自分に戻るということをマインドフルネスと言っているわけです。

 人と話をしているときだけでなく、我々は自分自身の中でも同じことをやっています。ちゃんと集中して作業をしようと思っても、すぐにほかのことを考えます。仕事をしていたはずなのに、ネットでニュースを見たり、椅子から立ち上がってうろうろしたりごろごろしたり、そんなことをすぐにしてしまうんですね。

3 マインドフルネスの練習方法

 我々は日常生活の半分以上を「心ここにあらず」の状態で過ごしています。でもそれではいろいろうまくいきません。それで「今ここに戻る」ということを練習していこうというのがマインドフルネス瞑想法だというわけです。

 日本でずっと昔から実践されてきた武道や芸道も皆、「今ここに居続ける練習」をしてきたのではないかと思います。たとえば宮本武蔵などの剣豪は、ぼんやりとはしていなかったと思うんですよね。どこから斬り込まれてもパッとすぐ対応できるような、そんな状態がおそらく続いていただろうと思います。

 マインドフルネスの練習を重ねていくと、心がそれて、心ここにあらずになっても、再び「今ここ」に上手に戻ることができるようになります。さらに練習を続けると人となり・・・・が変わって、やがて今ここにずっといられるようになります。

 ハッと我に返ることをマインドフルネス状態といいますが、その状態を繰り返し繰り返し作っていくと、マインドフルネス特性が高まり、日頃からあまり思考の世界に行かなくていられるようになるんですね。

 一方、「マインドフルネス状態」に対して、「心ここにあらず」の状態、心があちこちさまよっている状態のことを「マインドワンダリング」といいます。

 マインドワンダリングには、「反芻はんすう」と「心配」という二つの要素が含まれています。「反芻」とは過去のことを繰り返し思い返して後悔することです。反芻し続ければ続けるほどうつ状態が重くなり、鬱病が再発する大きな要因になることも知られています。「心配」とは未来のことをぐるぐる考えることです。取り越し苦労とも言います。不安を原因とする病気には、全般性不安障害やパニック障害、社交不安障害などさまざまなものがあります。「もしこういうふうになったらどうすればいいんだろう。どうしよう、ああなったら……」と、考えれば考えるほど不安が高まっていくわけです。ですから、鬱病や不安障害を治療するためには、「反芻」「心配」をどうやって減らすかということが非常に大きなテーマになります。
「じゃあ過去のことや未来のことなんて考えなければいいじゃないか」というふうに思われるかもしれませんが、「考えないようにする」というのは下手なやり方です。短時間であれば考えないようにすることもできますが、気が緩むと倍返し、三倍返しになってダメージが返ってきます。

 昔、NHKの『ためしてガッテン』という番組に出て、高所恐怖症の人の治療を手伝ったことがあります。高所恐怖症の人たちが建物の階段を上って行くときに、マイクを近づけて声を拾ってみると、みんな一様に言っていた言葉が「大丈夫、大丈夫」だったんですね。NHKの人はそれを「この人たちの不安を強めていく魔法の言葉」と上手に表現していました。「大丈夫、大丈夫」と言って上っていく間は考えないで済む。でも、ハッと気がつくと「うわあ」と不安が噴き出してしまうんですね。

 だから考えないようにしないで・・・・・・・・・・考えないようにするにはどうしたらいいか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ということが大きな課題になるわけです。それを実現していくのがマインドフルネスだと考えていただくと、わかりやすいかと思います。

4 マインドフルネスの特徴

 マインドフルネス瞑想の実践法は、坐禅や瞑想と基本的には変わりません。しかし違うところもあります。たとえば坐禅や瞑想といったときにイメージするのは「注意を集中する」ことではないでしょうか。それからもう1つは、「呼吸を規則的に行う」ということかと思います。

 ところがマインドフルネス瞑想では呼吸をコントロールしません。速くしたいときは速く、ゆっくりしたいときはゆっくり、ため息をつきたいときはため息をつく。身体にまかせて呼吸をさせ、それを感じ取るのがマインドフルネス瞑想法の特徴です。

 マインドフルネス瞑想法には注意を集中する前半の段階とその注意をパノラマ的に広げて注意を分割していく後半の段階があります。実践もその二段階に分かれています。これからその二段階を具体的に説明していきます。

マインドフルネス瞑想の実践──(前半)サマタ

 まず、瞑想をするときの姿勢を整えておきたいと思います。皆さんまず、背筋をすっと伸ばしてください。椅子の場合は、椅子の前のほうに坐ったほうがやりやすいでしょう。手は太ももの上に置いてもお腹の前で重ねても構いません。目は閉じても半眼でもどちらでも結構です。

 身体がまっすぐになっているかどうかを確認します。体を少し左右に揺すって、自分の身体のまっすぐな位置を探してください。左右の坐骨は均等に重みを受けていますか? 身体の真ん中の感覚を覚えておいて、姿勢が乱れたら真ん中の感覚に戻ってくるようにします。背筋がすっと伸びてそのほかの身体の力がすべて抜けている姿勢になりましたでしょうか。

 では、マインドフルネス瞑想の前半、「注意を集中する瞑想」をやってみましょう。

 まず、呼吸に伴う身体の動きに静かに注意を向けます。呼吸はコントロールしません。深呼吸もしません。お腹や胸のあたりの動きや、それに伴う身体感覚に注意を向けます。息が入ってくると、男性であれば腹式の方が多いのでお腹の前が膨らむでしょう。女性であれば胸式の方が多いので胸の前が膨らむでしょう。膨らんでいくときは「膨らみ・膨らみ」、縮んでいくときは「縮み・縮み」と、感覚をそのまま感じ取ります。深い呼吸の場合は「膨らみ・膨らみ・膨らみ・膨らみ」「縮み・縮み・縮み・縮み」、浅い呼吸の場合は、「膨らみ・縮み」「膨らみ・縮み」、自分の身体がしたいようにさせ、これを続けていきます。

雑念は出るもの

 呼吸に伴う身体感覚に集中しようとすると、必ずと言っていいほど雑念が出てきます。坐禅や瞑想をするときに「無念無想になりなさい」と言われますが、あれは無理なことを要求しているんですね。「私は20分、何も考えないで集中していられます」という人はむしろ力みすぎです。集中して無念無想になっていけばなっていくほど、雑念が出てきやすくなります。

 うまく集中すると、あるところまではずーっと集中が深まって、そこから雑念が出てくるはずです。あるいは最初から雑念だらけかもしれません。たとえば「あの仕事、難しかったな、まだ結論出てないんだよな……」というような雑念が浮かんで考え始めてしまうと、そこで瞑想が終わってしまいますので、「何か考え始めたぞ」と気づいたら、なるべく早めに切り上げて「雑念・雑念」とラべリングをし、「戻ります」と声をかけて再び呼吸に伴う身体感覚に注意を戻します。これが大切です。

 考え事を切り上げて戻ってきても、またすぐ雑念が出てくるかもしれません。その場合も、「雑念・雑念、戻ります」と言って再び身体感覚に注意を戻します。これを繰り返します。

 これを注意の集中を高めるサマタ瞑想といいます。注意の集中というよりも、注意を持続する練習、あるものに注意を向け続ける練習です。

 マインドフルネス瞑想法ではサマタ瞑想を前半に使うんですね。それはマインドフルネスには注意の集中力が必要だからです。ある程度できるようになるまでこれを練習します。実際に練習するときは2~3週間、サマタだけを練習していくのがよいと思います。

マインドフルネス瞑想の実践──(後半)ヴィパッサナー

 十分できるようになったら後半の段階に進みます。後半は「注意を分割する」練習です。注意の分割をいかに実現していくかが課題になります。

 注意の分割とは気を配ることです。いろいろなものに同時に気を配ります。たとえば私が講演会でお話をしながら、同時に聴衆の方々の顔を見るようにする。そのような状態を注意の分割といいます。

 先ほどはお腹や胸のあたりに注意を集中して呼吸していましたが、今度は息が身体全体に流れていくようなイメージで呼吸をします。吸った息が手足の先端にまで届き、手足の先にまで注意が向いていきます。雑念が出てきたときは、先ほどのようにラベリングはせず、「あ、なんか考えはじめたぞ」と雑念をそのあたりに漂わせておくにとどめます。「膨らみ・膨らみ」「縮み・縮み」も先ほどよりも自分の中の声を潜めて唱えるイメージです。

 できるようであれば、注意を自分の身体の外にまで広げていきます。音が聞こえていればその音を聞きながら、空気が動いていれば、空気の流れを感じながら、「膨らみ・膨らみ」「縮み・縮み」と身体感覚を感じます。雑念も感じながら、音も空気も身体感覚も同時に感じながら、時を過ごす感じです。木の葉が風にそよいでいるのを眺めているような感じがすることもあります。

 後半は「何をやってるんだろう」という感じですよね。すべてを感じ続けるというのはたいへん難しいです。おそらくすぐに眠くなります。この後半の練習だけをやろうとすると、五分も経たないうちに、コクッ、コクッとなる。とくに夜はそうですね。朝はそうでもないんです。時間によってどう違うのかということもちょっと練習してみるといいと思います。朝は目が覚め、身体が覚めていく方向にいくので実はあんまり眠くならないんです。

 ところが、前半の注意を集中する練習を十分にしていると眠くなりません。これはとても大事なポイントだと思います。前半は注意の集中の練習というよりも持続の練習なんですね。あるものに注意を向け続けるという練習が前半の練習です。それが十分にできると、気を配る、いろんなものを同時に感じ取るということをやっていても、その状態を続けられるようになります。なかなか長い時間できないという人は、前半の練習をしばらく続けていくというのがいいかなと思います。

(つづく)

この記事は、『別冊サンガジャパン3マインドフルネス』(2016年)掲載記事を抜粋・再構成したものです。

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