戒により受け継がれる伝統:ミャンマー仏教はどのように現在まで続いたか(西澤卓美)

『テーラワーダ仏教ハンドブック2 ブッダの教え 上級レベル』刊行記念の「ミャンマーの出家とそれを支える在家信者~瞑想修行と戒律の生活」」(2020年12月18日開催)を前に、講師の西澤卓美先生によるミャンマー仏教に関する記事を紹介します。律に忠実なミャンマーの比丘であった西澤先生による、比丘サンガ継続の要となるsīmā(シーマー)のお話です。

※表紙写真:ミャンマーの中部の町モンユアにあるレーディ僧院で午睡を取る沙弥僧。

 私は昨年(2013年)まで17年間、テーラワーダ仏教の比丘として、おもにミャンマーで修行をしていました。ここではテーラワーダ仏教の文化の一端をお伝えしようと思います。

 ミャンマー、ラオス、カンボジア、タイなどの東南アジアに伝わる仏教はテーラワーダ仏教です。仏教が伝わるとはどういうことか、伝統が受け継がれるとは何をさすかを、テーラワーダ仏教では明確に定義しています。それは戒が伝授されるということです。戒統を継ぐことが仏教を継ぐことになります。

 具足戒を受持するサンガによってブッダの教えは守られ、伝えられていきます。具足戒を受持する比丘がいなくなればサンガが消滅します。サンガが一度消滅したら、ブッダの教えを伝えていくことが難しくなります。暗誦による教えの伝授ではない書物などとしてのパーリ経典がありますから、それによって仏教が伝わるという考えもありますが、具足戒を受持する比丘サンガが存続して初めてブッダの教えが正しく伝わります。末法においては持戒の比丘サンガが存在しなくなり最後には仏教も滅ぶといわれています。仏教が長く続くためには法を正しく伝えていく比丘サンガの存在が重要になります。サンガは比丘によってなりたち比丘がいなくなればサンガもなくなります。

 ここではテーラワーダ仏教の戒律の厳密さの例として戒壇の認定について紹介します。比丘になるためには具足戒を受けなければなりません。具足戒を授けるためにはサンガと戒壇が必要です。サンガを存続させるには構成員である比丘が必要です。新しく比丘出家させるために戒壇を厳密に認定することは戒律上最も重要だと言っても良いでしょう。鑑真が苦労して日本に戒壇を伝えようとしたのは、そのためです。

 大乗仏教の世界でも菩薩戒と共に具足戒を受けるのは普通ですが、日本では最澄によって始められた大乗戒壇によって菩薩戒のみの受持となり、ほとんどの宗派で具足戒を受ける伝統が壊れてしまいました。鑑真が宗祖である律宗の菅長は代々妻帯はしませんでしたが、最近その伝統も無くなったそうです。具足戒を受持しなくなったことは日本の大乗仏教僧の妻帯の原因の一つではないかと思われます。戒律は仏教の命と言われています。戒壇が戒律上最も重要だと言われているのは具足戒式を始めとするサンガの正式行事に欠かせないものだからです。

戒壇とは

 戒壇とはパーリ語でSīmā (シーマー)といいます。その地区のすべてのサンガが一ヶ所に集まり大小の正式行事を行う場所、領域という意味です。地区とは具体的にどの範囲かという疑問が生じると思いますが、2500年前のインドの村や町には、はっきりと分かるような境界が有ったと思われます。しかし現代の町や区での判断は難しいでしょう。選挙でえらばれる長がいる自治体ならその単位と考えてよいでしょう。

 正式行事とは出家式、満月新月に行うウポーサタ(uposatha:布薩)、パワーラナー(pavāraṇā:雨安居明けの満月の日に戒壇に集まり安居中にお互いに見たり、聞いたりした、疑いのあるような戒律違反があれば指摘してくれるように、お互いに求めて懺悔する儀式)、雨安居明け一ヶ月の間に在家者がサンガに衣をお布施したカティナ衣(katṭhina)の授与などです。これらをサンガ(saṅgha)のカンマ(kamma)と呼びます。

 サンガカンマ(saṅgha kamma)を行うにあたっては、同地区のすべてのサンガが参加の上で、比丘と比丘の間が1メートル20センチ以上離れずに、一ヶ所に集まり身体による和合を示します。これをカーヤサーマッギー(kāyasāmaggī:身和合)といいます。一番端にいる比丘から1メートル20センチ以内に沙弥や在家がいてはいけません。カンマを行っているときに沙弥や在家が1メートル20センチ以内に入ってきたとしても、カンマは成り立ちますがカンマを行っている比丘が戒律違反となります。

 また同じ戒壇内で1メートル20センチ以上離れた場所に比丘がいると、そのカンマは成立しません。そのような状態をワッガ(vagga)と言い、和合の集まりが壊れることを指します。仏教が長く続くためには、比丘が途切れることなくいつの時代も存在することが重要です。そして沙弥出家から具足戒を受けて比丘出家するときには、戒壇なしには出家が成り立ちません。ですから戒壇は仏教が長く続くためにはなくてはならないものなのです。

戒壇の種類

 戒壇には大きく分けて、サンガがニャッティ・ドゥティヤ・カンマワーチャー(ñattidutiya kammavācā:白二羯磨儀規)を唱えて作った戒壇であるバッダ・シーマー(Baddha sīmā:認定戒壇)と、サンガが白二羯磨儀規を唱えずに自然と成立する戒壇であるアバッダ・シーマー(Abaddha sīmā:非認定戒壇・自然戒壇)の二種類あります。

バッダ・シーマー(認定戒壇)の種類

 サンガの正式行事を行うには議案提出があり、それに対する採決文があって行われます。サンガの議事はすべて全員一致で決せられることを原則とします。

 その方法には、

1.ニャッティ・チャトゥッタ・カンマーワーチャー(ñatti catuttha kammavācā:白四羯磨儀規(びゃくしこんまぎき)案件を1度述べ3度同意のための確認を取る方法、具足戒式に用いる。

2.ニャッティ・ドゥティヤ・カンマーワーチャー(ñatti dutiya kammavācā:白二羯磨儀規(びゃくにこんまぎき)案件を1度述べ1度同意のための確認を取る。

 などがあります。

 それらのプロセスを経て以下の戒壇が設けられることになります。

カンダ・シーマー(Kaṇḍa sīmā:部分戒壇)

 大戒壇の中に作った部分戒壇。

サマーナサンワーサ・シーマー(Samānasaṃvāsa sīmā:共住者戒壇)

 比丘たちが正式行事を行うための戒壇。全ての戒壇はこの分類になる。

アウィッパワーサ・シーマー(Avippavāsa sīmā:不失慮戒壇)

 認定戒壇である共住者戒壇の上にさらに不失慮戒壇を認定された戒壇。

 律による三衣受持者は、ティチーワラ(ti-cāvara:三衣)、生地を2枚重ねて作ったサンガーティー(saṅghāṭī:重衣)、肩から上半身にかけるウッタラーサンガ(uttarāsaṅgha:上衣)、腰に巻くアンタラワーサカ(antaravāsaka:下衣)のどれか1つを戒律上受持(adhiṭṭhāna)します。戒律上の三衣受持をした場合、その衣から離れて夜が明けると戒律違反になります。それを避けるために認定するシーマーです。その境界内なら三衣から離れても戒律違反になりません(捨堕二、三)。このシーマーはサンガカンマを行うためではなく律を守りやすくするためにあります。認定した範囲内(不失慮戒壇)で衣から離れてもよいとすることです。頭陀行の三衣受持は三衣のみで修行し予備の衣を所持しません。律による三衣受持の場合、予備の衣を持つことが可能です。

アバッダ・シーマー(Abaddha sīmā:非認定戒壇・自然戒壇)の種類

ガーマ・シーマー(Gāma sīmā:村落戒壇)

 村や町などの範囲をそのまま戒壇とした自然戒壇。結界内にすべてのサンガが集まったか確認しにくいのが問題。

ウィスンガーマ・シーマー(Visuṃgāma sīmā:別個村落戒壇)

 支配者の許可により僧坊一つぐらいの小さい村を創ったもの。村落戒壇と同じだが大きさが違うのでサンガが集まったことを確認しやすい。仏教徒の王政時は許可をとれたが現在は無理。

ウダクッケーパ・シーマー(Udakukkhepa sīmā:水上戒壇・水に投げた広さの)

 サンガの端から水や砂を投げて落ちた場所までが戒壇になる。

サッタッバンタラ・シーマー(Sattabbhantara sīmā:森の中で自然に成立する戒壇)

 サッタ(Satta) はパーリ語で7 のことです。アッバンタラ(abbhantara)は長さの単位(14腕尺=約6.3m、註釈によっては28腕尺との説あり)。サンガの端から7アッバンタラ(44.1m)の長さが戒壇となる。

 戒壇の種類を理解するためにガーマ・シーマー(Gāma sīmā)を最初に説明します。支配者や政府が決めた村の領域をガーマ・シーマー(ガーマ戒壇)と呼びます。その領域にある川、池、沼などは含みません。ガーマとは村のことですが町、市などもガーマ戒壇と呼ぶことができます。

 なぜわざわざバッダ・シーマー(Baddha sīmā)を創るために戒壇認定式をするかといえば、サンガカンマ(saṅgha kamma)を行うためには大きさの大小に関係なく、すべてのサンガが集まっていないといけないからです。参加できない比丘は委任するチャンダ(chanda:意思)を伝えます。もし委任の意思を与えないなら戒壇内から出ないといけません。一ヶ所に集まらず委任も与えない比丘が戒壇内の離れたところに1人でもいたら、サンガが行ったサンガカンマは成立しなくなります。さらに同じ戒壇内で同時にサンガカンマを行うと五重罪(母を殺す、父を殺す、阿羅漢を殺す、仏陀の身体から血を流すようにする、サンガ分裂)の1つであるサンガ分裂にさえなります。

 なぜこのような委任する決まりになったかといえば、戒壇内にいる病気などで集まれない比丘がいれば、その比丘は委任を与えるようにと、釈尊が戒条を制定したからです。戒壇内でのサンガ全員の合意を得るようにしました(大品165)。委任後サンガの決定に対して不満を言いうと戒律違反になります(単堕79-80)。

 ガーマ・シーマーである場合、狭い村で比丘が少なければ集まるのは難しくはありません。比丘が多い大きな町ではそれは難しく、サンガカンマを行っているときに大きな町の境界内に比丘が入ってこないように管理することはさらに困難でしょう。

 現代では車やバス、電車などの往来があればその中に比丘がいる疑いが起こり安心してサンガカンマを行うことはできません。例えば出家儀式を人の往来が激しい地区の村落戒壇(ガーマ・シーマー)で行うと、本人の出家の状態に対する疑いは一生にかかわってしまいます。

 ですから広いアバッダ・シーマー(Abaddha sīmā:非認定戒壇・自然戒壇)であるガーマ・シーマーの中に狭いバッダ・シーマー(Baddha sīmā:認定戒壇)を創り、安心してサンガカンマを行えるようにするのです。

 また戒壇を認定する前には、以前その場所に存在した可能性がある戒壇を無効にする儀式を行います。なぜなら戒壇を重ねて認定することはできないからです。これは重ねて認定してしまうと境界がはっきりしなくなることと、前の戒壇を認定したサンガに対して不敬に当たるためです。古い戒壇を無効にする儀式をせずに新しい戒壇を認定したなら、古い戒壇と重なっている部分があれば、新しく認定した戒壇は、重なった部分は元々あった古い戒壇のみ有効で新しい戒壇は無効となります。原則から言えば過去に戒壇がその場所になかったと確信できるなら取り除く必要はありませんが、これから戒壇認定する土地を清めるようなつもりで古い戒壇を取り除く儀式を行います。

 取り除くときもこれから新しく戒壇を創る場所より大きめに取り除きます。

戒壇が成立しない11 種

1.狭すぎる戒壇(最低21人比丘が座れる大きさ。律蔵5-144)

2.大きすぎる戒壇(最大3ユージャナー以内、説が多くありますが1ユージャナーは11.8キロメートル)

3.界標(結界を示す印)を宣言するときに順番をとばして認定する

4.影を界標とする

5.界標が全くない戒壇

6.認定する場所の外にいて認定の儀式を行う

7.川

8.海

9.自然の沼

10.重なった戒壇(3人以下の大きさが重なる)

11.被った戒壇(4人以上の大きさが重なる)

 川、海、自然の沼など自体は戒壇にすることはできませんが境界として使うことができます。川、海、自然の沼の上にある船や建物などが陸地から切り離されていれば水で境界ができ、これらは水上戒壇に含まれます。

 界標(戒壇の境界を知らせる印)には次の八種類があります。
「山、石、森、木、道、盛り土、川、水」

まとめ

アバッダ・シーマー(Abaddha sīmā:非認定戒壇・自然戒壇)

【利点】

 自然に成立するので認定の儀式を行わなくて済む。

【問題点】

 範囲が広い場合比丘が全員集まっているか確認しにくい。

 そもそもどこまで範囲にするかで疑問が生じる。

 範囲が確定し比丘が全員集まった場合でもサンガカンマ中に境界内を別の比丘が徒歩、車、電車などで入ったり通過した場合、サンガカンマが無効になる。

 現在では電線などが境界を横切って別の戒壇につながっていた場合、アバッダ・シーマーが成立しなくなる。これはバッダ・シーマーでも同じ問題である。

バッダ・シーマー(Baddha sīmā:認定戒壇)

【利点】

 狭い戒壇をつくることによって全ての比丘が集まっているのが確認しやすい。

 範囲が狭いのでサンガカンマ中に境界内に入らないように門を閉めたり見張りを置くことで比丘の立ち入りを防ぐことができる。

【問題点】

 戒壇認定をするためにガーマ・シーマー内のサンガを集めることと、別の比丘が境界内に入らないように管理するのが難しい。

 厳格に伝えられるテーラワーダ仏教の伝統は現代の仏教文献学からみればパーリ三蔵、註釈による権威主義だと思うかもしれません。しかしテーラワーダ仏教をこれから何千年も伝えていくためには、基準となる教えがあってこそ長く伝えることができると思います。パーリ三蔵を否定するような自由な解釈は伝統にとって害でしかありません。

 正法が長く続きますように。

この記事は、『サンガジャパンVol.18 インドシナの仏教』掲載記事を再構成したものです。

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