パオ式瞑想法を日本で伝える現代ミャンマーの高僧・瞑想指導者クムダ・セヤドー インタビュー

 現代ミャンマーを代表する瞑想指導者であるクムダ・セヤドーに、2016年の来日時にインタビューを行った。『サンガジャパンVol.36ヴィパッサナー瞑想』(2020年10月発行)で紹介したパオ長老はミャンマーでいま最も注目を集める瞑想指導者だが、クムダ・セヤドーはその高弟である。クムダ・セヤドーはミャンマー大都市ヤンゴン近郊のモービーの森林に僧院を構え、世界中から長期間の瞑想修行を求めて修行者が訪れており、瞑想指導者として常時60人を越える修行者を指導しているという。折あるごとに来日して、日本人修行者たちに瞑想指導をしている。インタビューはミャンマー語の通訳を介して行い、ご自身の修行遍歴と瞑想指導などについてお伺いした。

※この記事は『サンガジャパンVol.25原始仏典』(2017年1月発行)所収の「パーリ経典に基づくテーラワーダ仏教の国:ミャンマーの瞑想指導者」を改題しサンガジャパンオンライン用に再編集したものです。
※毎年、在家の修行者グループのはらみつ法友会が招聘しているが、コロナ禍のこれからの予定はわからない。最新情報ははらみつ法友会のHPをご覧ください。(http://parami-library.cocolog-nifty.com/)
取材:編集部、森竹ひろこ(コマメ)

通訳:ティンタイ
校訂:川本佳苗
協力:はらみつ法友会、NPO法人ミャンマー文化福祉協会(MCWA)
写真:編集部。森竹ひろこ(コマメ)

沙弥出家から瞑想指導者になるまで

 ――まず、セヤドー【*1】ご自身のことをお伺いしたいと思います。セヤドーは、どのような経緯から出家をされたのでしょうか。

 私の生まれ育った村には、あるセヤドーがずっと托鉢に来ていました。その方を幼い頃から見ていて「このお坊さんのようになりたい」と思って出家することに決めたのです。その方は一人で森の中に入って修行されていて、定期的に托鉢にいらっしゃいますが、3回ぐらいしか泊っていかれませんでした。お供え物を出す家は十軒ぐらいで、セヤドーが村にいらっしゃると一斉にその十軒ともが自分の家の周り、とくに家の前は念入りに掃除をして、畳のようなものを敷いてお待ちするのです。セヤドーはある家の敷物の上に立ち、言葉をまったく発しないでずっと立たれているので、みんながそこでお供え物を差し上げます。

 セヤドーは、いつもとても安らかなご様子でした。笑ったり、にこっとすることもなければ、怒っているようなお顔を見せたこともありませんでした。そんなセヤドーのことを村全体でみんな、心から敬愛していました。私のおじいさん、おばあさんも、お供え物をしていて、私はそれを子どもの頃から間近で見ていました。そうしていつの間にか「大人になったら、このお坊さんのようになりたい。一人で、森の中で修行する出家僧になりたい」と思うようになり、実際に12歳で出家したというわけです。

 ――どちらに出家されたのですか?

 マンダレー市の西側・デウインクゥというところにある、ビーメ僧院という僧院に入りました。そこは、ミャンマーのコンバウン王朝時代のティーボー王(在位1878~1885)やミンドン王(在位1853~1878)のときに、死刑囚を助けた歴史があるところです。その僧院のセヤドーが、王に「全ての囚人の命を寄付してください」と頼み、大体は「亡命」という形で、死刑囚の命を助けたのです。

 私が入った当時にいらしたビーメ・セヤドーはもう、お亡くなりになっています。私はそこで経典や、仏教のパリヤッティ(pariyatti:学得、教法)などを学びました。

 ビーメ僧院内には学舎があり、セヤドーのもとで生徒の僧が学びます。私の恩師のウーセッケウンダ・セヤドーは、そのセヤドーのお一人でした。ティピカタ(ti-pitaka:三蔵)の一つ、ディーガニカーヤ(Dīgha-nikāya:長部経典)を全部暗記して、試験に合格された方でした。

 恩師であるウーセッケウンダの歴代のセヤドーたちも、トーヤ(ミャンマー語「tawya」森林瞑想寺院)で修行をされた方々でした。トーヤというのは森に入って修行することをいいます。私たちは、恩師のウーセッケウンダからも、瞑想修行をするようにと、いつもご指導していただきました。セヤドーご自身は、ずっと弟子たちにいろいろ指導してのち、60歳のときに瞑想修行を始められたそうです。

 この僧院で、私は修行僧として7年間学び、正式に僧侶になって15年間、お世話になりました。つまり合計で22年間、ずっとこのビーメ僧院で、経典や教学を学ばせていただきました。

 ――修行僧として7年ということは、それまで沙弥でいらして、20歳で正式に比丘になられたということでしょうか。

 ええ、12歳で沙弥出家して、7年間修行をして、20歳のときに比丘戒を受けて、比丘になりました。

 私が習ったビーメ僧院の周りには、ほかにも有名な僧院がいくつかあり、そちらでも学びました。旧派(トゥダンマ派)と新派(シュエジン派)の両方で学びましたし、マソーイン、それからモーガン僧院などでも学び、ダンマチャリヤなどの勉強をしました。

 比丘になって15年が過ぎてからは、一般教養であるパリヤッティ(教学)ではなく、パティパッティ(paṭipatti:修行実践)の勉強に切り替わりました【*2】。まずマハーシ瞑想センターの系譜のチャンミェ瞑想センターに行きました。そしてマンダレーのマハーシにも行きました。それからモウゴッ瞑想センターでも、修行実践を学びました。また、在家の瞑想の指導者であるゴエンカ氏からも学ぶ経験がありました。ヤンゴンのテンガンジュンという区のスンルン・セヤドーのところにも行きました。

 その後、比丘になって16~19年目はマンダレーのパオ瞑想センターで学びました。私は、マンダレーのパオのあとは、一人で森に入って瞑想修行をするつもりでいました。ずっと瞑想修行を目標にしていましたからね。しかし、モーラミャイン(ミャンマー南部の町)のパオ・セヤドーから呼ばれ、パオのマンダレー分院の後はモーラミャインのパオ僧院に行くことになりました。

 ――瞑想修行に入るのをやめて、パオ・セヤドーのほうに行かれたのですね。

 そうです。モーラミャインで自分も瞑想をしながら、瞑想の講師を3年間ほどしました。すると、モーラミャインから、今度はタンリンのパオに移るように言われました。タンリンというのは、ヤンゴンの近くにある町で、都会に近く、賑やかな雰囲気です。私が望む瞑想修行とはかけ離れてしまうのでその気にはなれず、セヤドーには何も知らせずに、モービーという森に移動してしまったのです。

 ――瞑想修行をモービーで始められたのですね。

 そうです。モービーに移動してから、一人だけで森の中で修行を始めました。それから人に知られるようになり、最初は、ここまで大きくセンターを作るつもりはなかったのですが、最終的に「モービー・パオ」という名前で広く知られるようになりました。いまだに「モービー・パオ」と呼ばれています。

 ――パオ・セヤドーに黙ってモービーに行かれたということですが、その後、セヤドーとはやり取りはされているのでしょうか。

 そうですね。黙ってモービーに移った当初は、誰とも会わないで、ちょっと隠れていましたが、探し出されて呼び戻されもしました。その後、僧院を建てることにもなりパオ・セヤドーともお会いしています。

 ――セヤドーはさまざまな瞑想を学ばれて、最終的にパオ・セヤドーのところにいらっしゃいましたね。

 はい。私はずっと「アビダンマで説かれている通りの実践であれば、受け入れるし、アビダンマ通りでないと、受け入れることはできません」という考えできています。私は教学を学んでいますので、ヴィッパサナーを行なって、ナーマ(nāma:名、精神面)とルーパ(rūpa:色、肉体面)の両方が、アビダンマ通りであれば、それを採用するという形で取り入れています。

ヤンゴンにあるミャンマーを象徴するシュエダゴンパゴダ

瞑想指導者としての活動

 ――現在、モービー僧院で瞑想指導をされておられますけれども、瞑想指導をする上で気をつけていらっしゃることがあれば、お聞かせください。

 3つのことに力を入れています。シーラ(sīla:戒)、サマーディ(samādhi:定、禅定)、パンニャー(paññā:慧)。三学に重点をおいています。

 ――修行者が気をつけるべきこととは、どういうことになるのでしょうか。

 まず、その修行に来られる方の倫理観、モラル的なところですね。シーラ(戒)をまずよく指導して、修行者がそれに従うことで、その方の精神の安定、サマーディが身についていきます。それから教養、パンニャー(慧)のところに移ります。智慧のところを教えて、ナーマ・ルーパ(nāma-rūa:名色)などを理解できるようにし、それから三相(tilakkhaṇa:現象を無常・苦・無我の3つの相でみる)を理解できるようになっていく、というふうにレベルを引き上げていきます。

 ――なるほど、まず戒を身につけるわけですね。

 そうですね。シーラ(戒)を守るためには、まずルーパ(物質)のほうをきちんと管理しなければなりません。基本的に五戒を守らないといけませんし、五戒が守れるようになったら、それから八戒、九戒、僧侶や尼僧であれば、十戒を守らないといけません。娯楽などの多い環境ですと、まずそれをなかなか守れません。全ての戒律を守った上でずっと修行を積むためには、静かな環境がどうしても必要なのです。静かな森や山に入って、瞑想修行を行います。人気ひとけのないところで瞑想修行をすることで精神を清らかにすることが大事です。修行者にはそのように指導します。

 ヴィパッサナーを行なうときにも、同じく静かな環境が必要ですので、やはり修行者を静かなところに呼んで瞑想指導をします。

 ――しかし、たとえばミャンマーですと、戒を護持しやすかったり、落ち着いた心をつくりやすい環境が整っているでしょうが、日本の在家は、そのように静かな環境を得ることがひじょうに難しいのが現実です。日本の修行環境についてはどうお感じになりますか?

 ええ、たしかにかなり難しいです。

 ――日本の環境で心を清らかにしていくにはどうしたらよいか、何かアドバイスをいただければと思います。

 自宅にいながらも、朝昼晩、継続的に瞑想をすれば、シーラ(戒)、サマーディ(定)、パンニャー(慧)は身につくと思います。さらには土日も、たとえば私から電話での瞑想指導を受ければ、それで十分だと思います。

 日本で私が指導をしているある在家の方は、ふだんから朝昼晩とヴィパッサナーを行ない、私が訪日する際には私と同行してリトリートに参加しますし、さらに8~9年間ぐらい、ミャンマーからずっと電話での瞑想指導を続けていました。その方は日本のある研究所のリーダー的な地位についていますが、そのような形で修行をしています。

 そのようにサマーディの修行をする方には、今でも土日に私が電話で指導をしています。

 ――電話指導を受けられている方は、サマーディを経験した方ということになりますか?

 電話で指導するのは、すでにサマーディ(定)の状態になっている方に限ります。シーラ(戒)を守っていて、呼吸するときの、吸って、吐き出す、その空気を鼻の先に感じながら修行するアーナーパーナを一時間ぐらいできる方です。すでにその鼻先あたりに、たとえば月とか太陽とかという、ニミッタ(nimitta:相、前兆)が見える状態になれる方を対象に、電話で指導しています。

 ――ミャンマーではパーラミー(pāramī:波羅蜜はらみつ)を積む(功徳を積む)ことを大切にしているそうですが、パーラミーについてご説明いただけますでしょうか。

 パーラミー(波羅蜜)というのは、前世で行なってきた慣行、習慣のことです。前世で修行をされていた方は、今世で修行をすると、簡単にそれを身につけることができます。前世で修行された方と、前世で修行されなかった方は、今世で修行をしても、身につくまでの時間が違ってきます。前世で修行されなかった方は、時間がかかるわけです。

 ――人によって、修行を始めて第一禅定に入るのに、どのくらい期間がかかるかというのは、波羅蜜によって違うものなのですか。

 そうです。「何日で禅定に入る」などという決まった期間はありません。その方のパーラミー(波羅蜜)によって違ってきます。

 ――波羅蜜というのは、必ず前世のものということになるのでしょうか。また、今世での行ないは、波羅蜜を育てることにどのように影響するのでしょうか。波羅蜜の積み方について、お教えください。

 パーラミー(波羅蜜)を積むには、まず第一は、シーラ(戒)です。シーラをやり遂げた上で、とくにカンマッターナ(kammaṭṭhāna:業処、瞑想主題)のバーワナー(bhāvanā:波羅蜜)を行なう必要があります。バーワナーにはサマタとヴィパッサナーの両方が含まれます。

 ダーナ(dāna:布施)とシーラは、だいたいよく行なわれるのですが、バーワナーが、皆さんちょっと少ないのです。ですので、バーワナーを今世で時間をかけてやってもらいます。それによって、来世で、それがパーラミーになります。そのように積んでいきます。

インタビュー会場のNPO法人ミャンマー文化福祉協会(MCWA)に祀られている仏壇

慈悲について

 ――それでは次に、慈悲についてうかがいたいと思います。慈悲の心を育てていくには、どのようにしたらよいでしょうか。日本に限った話ではないですが、ひじょうに悲惨な事件が起きます。最近では障害者施設で惨劇が起きました。深い心の問題です。

 メッター(mettā:慈)とは、慈悲をすべての人に等しく持つということです。

 大事な点は4つです。自分(アッタ:atta)へ、尊敬する人(ピヤ:piya)へ、好きでも嫌いでもない人(マッジャッタ:majjhatta)へ、敵(ウェーリー:verī)へ、という4つの要素、4つの基準の慈悲の心を育てていくのです。

 1つめは自分です。まず、自分自身に慈悲の心を持たないといけません。まず、自分自身が心身とも幸せであるように、健康であるように、自分の身体の負荷を自分で担える人になるよう、何回でも繰り返し、慈悲の気持ちを持たないといけません。それによって自分自身の中に、精神的な安定が生まれ、とても安らかになります。

 2つめのステップは、自分が尊敬する方です。尊敬する方々に対して慈悲の心を持つようにします。

 3つめは好きでも嫌いでもない人たちです。

 4つめは敵です。敵というのは、定義としては、本当の敵だけでなく、自分が不満に思っている人も含まれます。

 以上は、4つの心の置き方ということになります。自分、尊敬する人、好きでも嫌いでもない人、敵。この4つの基準で慈悲(メッター)の心を育てて、最終的に心の持ち方はみんな平等になるのです。

 自分自身に対しても、他人に対しても、敵に対しても同じようにしなければなりません。平等といっても、ウペッカー(upekkhā:捨)と勘違いしないでください。ウペッカーは無関心です。それとはまったく違います。慈悲(メッター)とは、簡単にいえば、自分自身を愛するように他人も愛すること。つまり気持ちの置き方が平等になるという話です。そして、平等になれば、他人に対する殺生はなくなるでしょう。

 ――すると、自分に対する慈悲の向け方が、とても大事だと思います。先ほど、「自分の身体の負荷を自分で」とおっしゃいましたが、自分に対する慈悲は、どのように向けていったらよいか、詳しく教えていただけますか。

 まず、自分の体に対して、精神を集中して、「安全でありますように」と、繰り返しメッター(慈)を送らなければいけません。それから集中して、「精神的にドゥッカ(dukkha:苦)がないように」、「ドゥッカから解放されますように」と、繰り返し心の中で、そういう気持ちを持つようにします。「安全でありますように」、「心のドゥッカ(苦しみ)がないように」、「身体的なドゥッカがないように」と、繰り返し、繰り返し、祈るというか、念じていきます。そうすることで、自分に精神的な安らかさが出てきます。

 精神的に安らかさが出てきたら、それから他人に対するメッターを送ります。送るときには、送る対象の方が笑顔になっているのを頭の中で想像して送ります。その方に精神的ドゥッカがなく、肉体的ドゥッカもないように、「安全・安心でありますように」という気持ちを持って、メッターを送ります。

 メッターも修行すれば、とてもレベルが高いです。禅定のレベルでいえば、第三禅定ぐらいのレベルですね。第三禅定は、まだサマタ(定)のレベルですが、心所としてはピーティ(pīti:喜)を捨ててスカ(sukha:楽)とエーカッガター(ekaggatā:一境性)が残った状態です。

 ――楽(スカ)を強める方法は、どのようなものがありますか。

 とにかく繰り返し、繰り返しやることです。喜(ピーティ)というのは、自分が集中している状態、その集中に対する満足感を得ている状態だと定義されます。楽(スカ)は、それをやっていることによって、自分が幸せに感じている精神状態です。とにかく精神的に集中して繰り返しやることですね。

 ――そこまで深い禅定にいかなくても、在家の人間が、日常的に少しずつ慈悲の瞑想をやることも、意味があることでしょうか。

 そうです。一般の在家の方ですと、禅定まではいきませんが、やり方は同じです。繰り返し、繰り返し、とにかく回数を多くやることだけですね。

 ――「自分以外の人に慈悲を向けるときに、笑顔を想像する」とおっしゃいましたが、これは楽を育て、楽を強めることになるのでしょうか。

 そうです。楽というのは、その方が笑顔で幸せにいる状態を想像して、それを感じている自分の精神状態です。メッター(慈)を送るときに、その人の心の深いところまで、たとえば送る先の人の心がすごく清らかになるレベルまで集中してメッターを送ると、楽をすごく感じます。

 とにかく、その人のきれいな、清らかな心を想像して、メッターを送ります。今、こうしてお話ししている間も、私が愛(メッター)を送っています。私が今、メッターを送っているので、あなたが私の顔を見ると、心の中に何か安らぎというか、清浄さを感じるはずですよ。

 みながお互いにこのような心の持ち方をすれば、世界には、何も問題が起こらないと思います。

修行者へのメッセージ

 ――最後に、セヤドーの活動の目的および目標をお聞かせください。そして日本の修行者に向けて、メッセージをお願いします。

 私の活動の目的は、まず、みんなの道徳観、シーラ(戒)がよくなることです。シーラがよくなることによって、精神の安定が生まれます。その次に、ヴィパッサナーを身につけてもらうことです。ヴィパッサナーが身につくことによって、生老病死などを理解し、最終的なニッバーナ(nibbāna:涅槃)に行きます。そのために、修行者の方にはシーラ、サマーディ(定)、パンニャー(慧)が身につくように指導をしたいと思っています。それが、私の目的です。

 地球上のすべての人類が、シーラ、メッター(慈)を身につけて、気持ちがよければ、地球は安全で、平和でいられます。シーラ、メッターがよくないと、平和で、安全ではなくなります。シーラとメッターを身につけるための修行をするのも、自分自身だけでなく、周りの人も含めた一人一人がやることが大事です。

 今日お話ししたのは、シーラとメッターのところまでですが、その先もカルナー(karuṇā:悲)、ムディター(muditā:喜)、ウペッカー(upekkhā:捨)と続きます。悲(カルナー)というのは、他人の悲しみ苦しみ不幸に共感する心ですね。喜(ムディター)というのは、他人が幸せであることを見て、自分が喜ぶ心です。捨(ウペッカー)というのは、何か起きたときは、「それはその人の運命通りですね」というふうに感じることです。

 1つ1つの定義を細かく話しますと、かなり長い話になるでしょう。

 ――どうもありがとうございました。

(2016年7月29日 東京)

 

*1 ミャンマーで長老を意味するsayadawという言葉は、サヤドーまたはセヤドーと表記されるが、長老の名前によって、音便変化するようで、通例使われる発音に従って、本記事ではクムダ・セヤドーと表記した。
*2 仏教の修行体系としてパリヤッティ(pariyatti:学得、教法)、パティパッティ(paṭipatti:実践)、パティヴェーダ(paṭivedha:洞察)の三階梯がある。

 

クムダ・セヤドーのインタビューのほか、バングラデシュの長老ギャナ・ラトナ師と東京大学大学院教授・蓑輪顕量氏の対談やパーリ経典全訳を手掛けている片山一良氏のインタビューなど、内容盛りだくさん。

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パオ長老の紹介を始め、世界にヴィパッサナー瞑想を広めたマハーシ・サヤドーや、チャルーンサティの創始者ティアン・チッタスポー師などの詳細なライフストーリーと瞑想の理論と実践の解説などを収録したヴィパッサナー瞑想を正しく知るための一冊。

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