マインドフルネスの実践と理論(熊野宏昭)〔第3回(全4回)〕

「12月29日開催! コロナ禍でも心を安寧にする──実践!マインドフルネス・オンラインセミナー」の開催を前に、講師の熊野宏昭氏のサンガジャパン掲載記事をWeb公開します。マインドフルネスやACT(アクト)に代表される第三世代の認知行動療法の第一人者の熊野宏昭氏は、研究者として、また心療内科医として活躍されています。現在人口に膾炙するマインドフルネスのけん引役として、NHKスペシャルをはじめとしてメディアにも多数出演されています。マインドフルネスのポイントが凝縮し整理された本記事は、マインドフルネスの実践をわかりやすく解脱した著書『実践!マインドフルネス』(サンガ、2016年)の刊行を記念して、2016年9月6日に開催された講演会の採録です。(第2回はコチラ

構成=中田亜希

9 極限まで注意を分割して自分を小さくする

 自分が極限まで小さくなると注意の分割が実現できることを説明しましたが、実はマインドフルネスの実践では逆に、注意の分割を極限まで進めることで自分をいなくする、そういう方法論を使っています。

注意を二つに分割する実験

 簡単なエクササイズをしてみましょう。皆さん、椅子に座って足の裏に注意を向けてみてください。足を床に着けて足の裏をよーく感じてください。よーく感じて、感じ続けながら、これを読んでみてください。

さいた さいた チューリップの 花が
ならんだ ならんだ 赤白黄色
どの花みても きれいだな

 感じ続けながら読むのは大変ですよね。チューリップの花の歌だということはわかったと思いますが、いつもなら浮かんでくるメロディーや、風に揺れているチューリップの映像は出てこなかったのではないかと思います。

 これはなぜかというと、皆さんの意識が2つに分割されたからです。足の裏に注意の一部を振り向けて、それと同時にチューリップの歌詞を読もうとしました。少なくとも注意が二つに分割されたので、考えることができなくなったんですね。

 我々がものを考えたり、何かに注意を振り向けたりするのには心のキャパシティーが必要です。特にものを考えるのには、キャパシティーがかなり必要です。まっすぐ歩くにも、計算するにもキャパシティーが必要です。

 たとえば普通に歩きながら100から7を引く計算を続けるのはかなり難しいんですね。歩きながら「100-7=93」「93-7=86」とやってみてください。ずっと続けていきます。「100-7=93」「93-7= 86」「86-7=79」「79-7=72」「72-7=65」、順番に引き算しながら、普通のペースで歩いていく。できるでしょうか。かなり難しいです。どちらかが止まります。計算が止まるか、歩くのが止まるか。

 我々の心のキャパシティーは意外と小さいんですね。ということは、その心のキャパシティーをあらかじめ使ってしまえば、考えるためのキャパシティーを残さないことが実現できます。

 マインドフルネスがいろんなものに気を配り、注意を分割するのは、思考を生まれさせないための戦略です。思考を生まれされないようにしながら、気を配っているわけですから、現実はばっちり感じているわけです。これがまさにマインドフルネスです。

10 マインドフルネスの構成要素を整理する──注意の持続・転換・分割

 これまでの説明から、マインドフルネス瞑想によって、注意のコントロール力が変わり、感情や情動をコントロールする力も変わり、それから自己知覚も変わってくることがお分かりいただけたかと思います。

 マインドフルネス瞑想は、注意の持続・転換・分割、この3つで構成されています。一貫して今ここでの身体の動作や、それに伴う身体感覚に持続的な注意を向けるのが注意の持続、そして自分の中で起こっているコントロールできないできごとに気づいた時点で身体感覚に注意を戻すようにするのが注意の転換、ここまでを繰り返すのがサマタ瞑想、集中瞑想です。あるいは五感に基づいた心の働きを止めるので瞑想と呼ばれることもあります。

 普段我々は、五感をフルに使って世界を体験していますが、サマタ瞑想は逆なんですね。五感をなるべく使わないで一点に集中する。そうすると五感に基づいて働いている心の働きが止まり、その奥にある別の心が表に出てきます。それが宗教体験などにもつながっていくわけです。

 マインドフルネス瞑想ではサマタ瞑想を、最初の部分だけ借用して、注意の集中力、持続力を高めるための訓練法として使っています。しかしそのさらに奥に入っていって宗教体験を引き起こすところまでは狙っていません。

 サマタ瞑想をして今この瞬間に集中すると、思考の材料がないので思考は生まれてこなくなります。しかしこれをずっと続けることはできません。集中が途切れればワッと思考が出てきてしまいます。あるいは集中している間に雑念・思考が出てくる場合もあります。ですからサマタで思考が出てこないようにするというのはそんなに簡単ではないんですね。

11 注意訓練CDで練習

 注意の持続と転換がある程度維持できるようになったら、今度は注意の範囲をパノラマ的に広げて、意識野に入ってくるものすべてに同時に気を配り、思考を生まれさせないようにします。身体感覚、思考、感情などすべての私的できごとに気づきが触れることで、ネガティブなものがそれ以上発展せずに消えていくことを繰り返し確認する、それがマインドフルネスの目標です。

 注意の範囲をパノラマ的に広げるのに役に立つのが、イギリスの臨床心理学者によって編み出された「注意訓練」です。マインドフルネス瞑想に取り組んでいてうまくいっているのかどうかよくわからない場合に、この注意訓練から取り組んでいくと変化を自覚しやすいと思います。

 この注意訓練トレーニングは鬱や不安障害などの人にも効果があります。この訓練をしながらマインドフルネス的な心の使い方も一緒に練習してもらうようにすると非常に効果が出るんですね。

注意訓練の実践

『実践! マインドフルネス』(サンガ)の付録CDを使って、注意訓練のトレーニングを行うことができます。このCDを使って、これから音を流します。目を閉じていることに慣れている人は目を閉じてやっても構いませんし、慣れていない人は、どこか1点を見ながらやったほうが余計なことが浮かんできにくいのでやりやすいと思います。 

 音を聞いている途中に何か雑念が出てきたら、「雑念も音の1つ」ぐらいに思ってください。

 これから3段階に分けて練習を行います。

 最初は1つの音を聞く練習です。5つの音が流れますので、注目する音を1つ選び、その音を聴き続けてください。音は途中で切れている場合があります。たとえばゴトンゴトンという電車の音が途中ですっと切れます。切れている間もずっとそれを聞いているつもりになってください。途切れずに鳴っている音に注意を向けたときはその音だけを聞き、ほかのものは皆、BGMとして流してください。

 2段階目は転換する練習です。10秒、15秒ぐらいずつ、聞き取る音を切り替えていきます。最初は電車の音、次は風鈴の音、といったようなイメージです。

 最後は分割の練習です。1つひとつの音を聞くのではなく、5つの音を同時に聞きます。風鈴の音、うぐいすの鳴き声、ゴトンゴトンという電車の音、波の音、ピアノの鍵盤を叩く音、これを同時に聞いてください。

 このCDでは、注意の持続と注意の転換を五分間ずつ、それから注意の分割を2分間行うようになっています。集中、転換の部分はサマタ瞑想の練習で、注意の分割はヴィパッサナー瞑想の練習です。最初のイントロダクションを抜かせば約12、13分で終わります。それを毎日1、2回続けていきます。五音でうまくできるようになったら、6音、7音と音の数を徐々に増やしていきます。

 特徴的なのは、注意訓練トレーニングは2か月ぐらいやれば終わりだということです。しかし治療効果はかなり持続することがこれまでのデータでわかっています。

注意訓練の効果

 注意訓練トレーニングを続けていくと、多くの方が日常生活の中でいろいろなことに気づくようになります。1つのことしか目に入らず、耳に入らなかったのがいろいろなことに同時に気づくようになる、あるいは考えに捉われたり飲み込まれたりしないようになった、という方も非常に多いです。

 気をつけていただきたいのは、注意訓練は注意のコントロール力を身につけることが目的ですので、むしゃくしゃしている気分のときの気分転換や、不安なときの気晴らしを目的にはやらないということです。気晴らしや気分転換は回避です。回避すると、そのときはうまくいっても倍返し、3倍返しですからね。マインドフルネスは気晴らしや気分転換とは逆のものです。

12 アクセプタンス/脱フュージョンの練習

 アクセプタンスと脱フュージョンを私が患者さんに伝えるときには、「心を閉じないで、飲み込まれないで、目の前のことをちゃんと向き合っていきましょう。今やらなくちゃいけないこと、やりたいことに取り組んでいきましょう」と説明しています。

アクセプタンスのマジックワード「それはそれとして」

 アクセプタンスは、「まあ、それはそれとして」あるいは「ちょっと置いといて」を使って練習することもできます。何か嫌なこと、気になることがあるとき、「それはそれとして」「ちょっと置いといて」、目の前の今やりたいこと、やらなくちゃいけないことをやる。これがアクセプタンスを進めるときには意外と役に立ちます。

脱フュージョンのマジックワード「~と、考えた」

 脱フュージョンは「~と、考えた」というフレーズを使うのが簡単です。「俺ってだめだよなあ」と考えた・・・・、「誰も一言も声かけてくれないしなあ」と考えた・・・・、というように全て「?と、考えた」と付けます。これは3分間やるのもけっこう苦しいです。一所懸命やっていると「もういいよ。どうせ俺は考えてるんだから」となります。そういうふうに思えたらしめたものです。しかしこの「?と、考えた」の効果はそんなに長続きしません。

「マインドくん」とのお付き合い

 我々の思考内容は体験学習として身に付けてきたものなので、習慣化されているんですね。いつも同じようなことを考えて、同じような嫌な気分を味わって、同じように壁にぶつかってうまくいかない。それを繰り返しています。

 子どものころに、いつもあるパターンで考えていた人は大人になっても同じように考えます。大人になったら別の考え方をするのが当たり前なのに、子どものころと同じように考える。いったん考えればバーチャルな現実が創り出されますから、それに縛られてしまいます。

 我々の中には昔からずーっと使ってきた思考の残りかすがあって、壊れたレコードのように「おまえはだめだ」「おまえは何をやっても失敗だ」と言ってくるんですね。

 そういうものには「あ、また壊れたレコードくんがガーガー言っている。でも壊れてるんだから止めることはできない。言わせておこう」という感じで対応できると、巻き込まれにくくなります。あるいは「マインドくん」と名前を付けて「マインドくんは昔からそう考えてきたけどワンパターンだよ」と言えれば巻き込まれなくなります。

 パターン化されているものに自分の今の現実を乗っ取られないようにすることが大切です。「マインドくんは友達でうまく使えば役に立つけれども、それが主導権を握っちゃうと大変だよ」、と患者さんにはお話しています。

(つづく)

この記事は、『別冊サンガジャパン3マインドフルネス』(2016年)掲載記事を抜粋・再構成したものです。

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